2009年1月18日

赤坂太郎 文藝春秋2月号

小沢政権「閣僚名簿」の意外な顔ぶれ
(http://bunshun.jp/bungeishunju/akasakataro/0902.html)

麻生批判が相次ぐ自民党を尻目に、民主党では早くも戦勝ムードが漂う――

自民党各派の会長に首相・麻生太郎から相次いで電話が入ったのは内閣支持率半減の衝撃が冷めやらぬ十二月九日のことだ。前日の朝刊一面トップで報道された麻生内閣の支持率は朝日新聞二二%、読売新聞二〇・九%、毎日新聞二一%、共同通信二五・五%。国民的な人気の高さを買われ、九月の自民党総裁選に圧勝した伊達男のあまりに早い凋落ぶりに、党内はパニック状態に陥っていた。

「ご心配をかけて申し訳ない」。いつになく殊勝な口ぶりの麻生に対して、各派の領袖たちは「支持率なんて上がったり下がったりするもの。気にすることはない」「若い連中が焦ってワーワー言っているが、直に落ち着く」とそろって激励の言葉を口にした。だが内心はもちろん別だった。二代前の戦後最年少首相・安倍晋三が支持率を落としたきっかけは、降ってわいたような年金記録問題と閣僚の事務所費問題。前首相・福田康夫が足元をすくわれたのは後期高齢者医療制度問題。いずれも本人に直接の責任はない、いわば「もらい事故」だった。

 それに引き替え、失言や漢字の読み間違いで失笑を買い、景気対策をめぐる方針のぶれで決定的な不信を招いた麻生の場合は、無免許、酒気帯びで電柱に衝突したような同情の余地のない「自損事故」だ。「しっかりしろ」と怒鳴りつけたい気持ちを飲み込んでのエールだった。

 例外的に本音をちらりと覗かせたのは志帥会(伊吹派)会長の前財務相・伊吹文明である。協力を約束する一方で、「そりゃあ、みんな支えますよ。四人目の総理を出すわけにいきませんからなあ」と嫌みも忘れなかった。「最後の切り札」として登場した麻生も短命に終われば、自民党に政権担当能力はないと烙印を押されても文句は言えない。支えたくて支えるのではない。交代させるわけにいかないから協力するだけだ。そんな苦々しい思いがにじみ出ていた。

 麻生もさすがに容易ならざる事態に立ち至っていることは自覚していた。だからこそ、領袖たちへの電話で必ず言い添えた殺し文句がある。「手間は取らせませんが、官房長官を挨拶に伺わせますから、時間をつくってやってください」。

 この状況で首相が官房長官を差し向ける用向きはただ一つ、官房機密費のお裾分けだった。正式名称は内閣官房報償費。「国政の円滑な推進」のために官房長官の判断で自由に使えることになっている年間十五億円近い領収書の要らない秘密資金だ。一般に「権力の潤滑油」と呼ばれるが、今回は麻生から党内の顔役たちへの迷惑料であり、各派所属議員の協力を取り付けるための懐柔資金だった。

 官房長官の河村建夫は清和会(町村派)代表世話人の前官房長官・町村信孝、平成研究会(津島派)会長の党税制調査会長・津島雄二、番町政策研究所(高村派)会長の前外相・高村正彦ら派閥領袖に加え、首相経験者の事務所にも麻生の名代として足を運んだ。河村が訪問時、あるいはその前後に届けた金額は一説に「派閥の規模によって違うが、最低でも一千万円」(党関係者)といわれる。

 一般の議員にも麻生は大盤振る舞いをした。自民党執行部が十二月十一日に党所属議員の指定口座に振り込んだ年末恒例の「もち代」。早期解散を見込んだ選挙事務所開設などで出費がかさんだとして、毎年支給される二百五十万―四百万円の支部交付金に加え、麻生指示による選挙活動費二百万円が上乗せされていた。衆院の現職だけで三百四人、六億円を超える特別手当である。

■クーデター鎮圧!?

 水心あれば魚心である。麻生に対して腹に一物ある伊吹も、派内の「反麻生」の動きを抑えにかかった。麻生からの電話の翌日、伊吹は東京プリンスホテルで開かれた伊吹派の内閣府大臣政務官・宇野治のパーティーで挨拶に立った。

「身内でカバーしながら乗り切っていかなくちゃいけないのに、テレビに出て身内の悪口を言っちゃあ、どうしようもない」。念頭には反麻生の急先鋒としてマスコミでもてはやされる元行政改革担当相・渡辺喜美や元幹事長・中川秀直の姿があった。その渡辺が参加する「速やかな政策実現を求める有志議員の会」に宇野は名を連ねていた。

 壇上で身をすくめる宇野に視線をやりながら伊吹は続けた。「勉強は自由、政策に上下はないけれども、やはり政界にも礼儀作法というものがある。国会の首班指名で一票入れた人の悪口を言いながら、自分の立場を良くしようというのは人間の矜持、品性において如何なものかと思います。退会したんでしょ? それで結構でございます」。満座の支持者の前で脱会を宣言させる強引さだった。

「速やかな政策実現を求める会」の代表世話人の一人、元官房長官・塩崎恭久は所属する宏池会(古賀派)会長の党選対委員長・古賀誠からこってりとしぼられた。十二月十一日昼の古賀派総会。いつになくドスの利いた古賀のあいさつに出席議員は顔を見合わせた。

「後ろから鉄砲玉を撃つことだけは絶対にないようにしてほしい。これだけはしっかりお願いしておく。後ろからの鉄砲玉が一番支持率を下げる。私は恥ずかしい、選対委員長として」。師匠の元幹事長・野中広務ばりの絶叫調の熱弁だ。

 総会終了後、古賀は塩崎を自席に呼び詰問した。「政局的な思惑なんてありません。政策提言のためです」と釈明する塩崎に、古賀は「それならそうと、きっちり分かるようにやれ。意味がないことをやるなよ」。塩崎は深々と頭を下げた。

 もう一人の代表世話人の前行政改革担当相・茂木敏充も、派閥会長の津島と会長代行・額賀福志郎から「二次補正を今国会に出せと提言しているようだが、出せば民主党に関連法案を参院で潰され、二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなることくらい君なら分かるだろう」と厳重注意を受けた。無派閥の渡辺には党選対副委員長・菅義偉が「これ以上エスカレートすると公認を出せなくなる。その場合は対立候補を出す可能性もある」と警告した。

 クーデター鎮圧のため政府軍が総攻撃に出た図である。麻生派の留守を預かる座長・中馬弘毅は十二月十八日の総会で表情を緩めた。「先週末くらいから少し世の中の潮目が変わってきたような気がする。マスコミも含めて一生懸命麻生攻撃をやっていたが、自分達で選んだ首相をすぐ叩いて何かいいことがあるのかと街の人も麻生さんを激励し始めた」。だが、それは希望的観測にすぎなかった。

 Xデーに備え兵力を蓄える一時的な撤退であり、戦意喪失どころか、ますます盛んというのが裏の顔だった。塩崎らのグループが描くシナリオはこうだ。

 麻生内閣の支持率低下は年明けの通常国会中に行き着くところまで行く。一桁台に落ち込み退陣要求に抗しきれなくなった二〇〇一年の森喜朗内閣と同様、来年度予算成立前後に麻生は立往生する。自らギブアップしなければ、国会議員と都道府県連代表(各一人)の過半数の要求で臨時総裁選を実施できるとの事実上のリコール規定を初適用して新総裁を誕生させ、新首相の下で衆院解散・総選挙になだれ込む――。

 伊吹らが否定する「四人目の総理」シナリオである。中川が描くタイムスケジュールもほぼ同様。ただ、このシナリオには致命的な欠陥があった。ポスト麻生は誰か、その新総裁がかつての小泉純一郎のように「救世主」たり得るのかという最も肝心な部分が空白なのである。

 前回総裁選で麻生に敗れた四候補の中で、傍目にもやる気満々だったのは幹事長代理の石原伸晃だ。十二月五日昼にグランドプリンスホテル赤坂で開いた自身のセミナーで、石原は麻生を支えるべき執行部の一員でありながら「自民党議員の七、八割は麻生政権で選挙して与党でいられるのか疑問を持っている。自民党も麻生政権も崖っぷち」だと公言し、麻生首相のまま衆院選に突入していいのかと公然と党内に問題提起したのである。ポスト麻生に名乗りを挙げる気持ちがあればこそだった。「最近の石原は完全に腰が浮いている。『私は、私は』と総裁選の最中のような物言いに戻っている」。山崎派議員の証言だ。同様に、塩崎、渡辺、さらには中川秀直も展開次第では総裁選に色気があるのは間違いない。

 厚生労働相・舛添要一を担ぎ出す動きもある。夏まで衆院厚労委員長を務めていた茂木は十二月十六日、赤坂の鰻料理屋「重箱」で余人を交えず舛添と懇談した。この席で茂木は次のようなメッセージを舛添に伝えた。

「山ほど問題を抱える厚労省を担当しながら、常に世論の高い支持を得ているのは驚嘆すべきことだと常々思ってきた。委員長として一年間、間近で接して、いま自民党の危機を救えるのはあなたしかいないと確信するに至った。チャンスが巡ってきたらぜひ逃げないでほしい」

 舛添は礼を述べながらも、「今はただ閣僚として全力投球するだけ」と慎重な発言に終始したとされる。

■鳩・菅の官房長官争い

 民主党代表・小沢一郎は、宿敵の体たらくを前に勝利を確信したのか、最近の言動は自信に満ちあふれている。

 十二月九日、小沢は広島市で地元の連合幹部と懇談した。「大蔵も目ざといよな。俺のところによく来るんだ」。小沢は席上、財務省幹部が日常的にレクチャーに訪れるようになったことを嬉しそうに明かした。赤坂の小沢事務所に日参しているのは主計局次長の香川俊介。竹下内閣の官房副長官時代の小沢に仕えた元秘書官である。政権交代の可能性が極めて高いと読んでの先行投資。小沢にすれば、霞ヶ関の雄・財務省から政権交代のお墨付きを得たような気分だった。

 では小沢内閣はどんな顔ぶれになるのだろうか。「次の内閣」の規定では、政策調整の要となる官房長官には政調会長が座ることになっている。だが参院議員で党務経験も少ない直嶋正行には荷が重すぎるとの見方が強い。「官房長官は実質的に閣内ナンバー2。菅さんも鳩山さんも『俺しかいない』と思っているが、小沢さんはどちらにも言質を与えていない」(幹部)のが現状である。

 菅・鳩以外で主要閣僚に有力視されているのは、小沢の信任が厚い元蔵相・藤井裕久の財務相への起用。次期衆院選に出馬せず引退することを決めているが、民間人閣僚として起用されるとの見立てだ。現衆院副議長・横路孝弘も小沢との付き合いが深く、重鎮として入閣を要請される可能性が大と見られている。

 連立友党からの入閣候補は各党とも小沢の「お友達」を押し込むと見られる。社民党副党首・又市征治、国民新党代表代行・亀井静香、新党日本代表・田中康夫。無所属からも郵政造反組の元経産相・平沼赳夫や、テレビ出演などで知名度の高い江田憲司の起用、意外なところでは自民党離党を条件にした渡辺喜美の一本釣りを予想する声もある。平沼、江田、渡辺の各選挙区について小沢が公式、非公式に「公認、推薦候補を立てなくていい」と指示しているとの情報がその根拠になっている。民間人では現在もブレーンとして活躍している元財務官の早大大学院教授・榊原英資の金融担当相などへの起用が有力視されている。

 衆院選での単独過半数獲得は難しいと踏んでいた小沢は一時、選挙後の政界再編を真剣に模索していた。自民党をいかに割るか。平沼や新党大地代表・鈴木宗男との連携も、二人が持つ自民党との太いパイプがいざという時に活きるという計算が働いていた。だが、衆院選に大勝できるとの予感は自民党分断―政界再編への関心を薄れさせていた。

 十二月十一日夜の民主、社民両党幹部の会食で、小沢は又市の質問に答える形で自民党工作の一端を明かした。

 又市「報道によると加藤、山拓と会ったらしいが、あの二人には誰も付いてこないんじゃないか」

 小沢「会ってないが、会っても意味はない。加藤は一人分、山拓は選挙でうちが勝つから〇・五人分にしかならない」

 又市「誰なら組める? 渡辺喜美か」

 小沢「いや、あれも決断できない」

 小沢は「中川は小泉時代の頭のままだから駄目」「石原は親父の言うことばかり聞いているから駄目」とばっさばっさと切り捨てた。もはや分断工作の必要はない、放っておいても自壊する。それが小沢の認識だった。

 一月五日に召集される〇九年の通常国会。麻生の行く手には険しい山が幾重にも待ち受けている。第一の関門は一月中旬に見込まれる〇八年度第二次補正予算案とその関連法案の衆院採決だ。自民党内では「評判の悪い定額給付金は棚上げしても構わない」との声が少なくない。だが十七人以上の造反者を出せば、衆院再可決に赤信号がともり、政権の屋台骨は年明け早々から大きくきしむことになる。(文中敬称略)

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