2009年1月18日

赤坂太郎 文藝春秋1月号

麻生官邸を牛耳るソフト帽の怪人
(http://bunshun.jp/bungeishunju/akasakataro/0901.html)

「チンピラ」太郎vs.「信用できない」一郎。想定外の戦いに迷参謀登場――


 薄ら笑いを浮かべて着席した首相・麻生太郎。背筋を伸ばして対峙する民主党代表・小沢一郎。十一月二十八日、国会の党首討論で両雄は初対決した。

 小沢「〇八年度第二次補正予算案をこの臨時国会に出さないのは本当に筋道が通らない。国民への背信行為だ」

 麻生「いや、まず金融機能強化法改正が通るかどうかで補正の中身も変わってくる。成立にご協力をお願いしたい」

 小沢「補正先送りなら初心に帰ることだ。衆院解散・総選挙で審判を仰げばいい。十二月に選挙できるじゃないか」

 麻生「閣僚と民主党の『次の内閣』で政党間協議をやりたい。〇九年度予算案を巡っても建設的に話し合えないか」

 麻生は低姿勢に徹した。総裁選に圧勝、小沢との衆院選対決に「勝って初めて天命を果たしたことになる」と見得を切ったのは遠い過去だ。年内選挙は支持率伸び悩みと「百年に一度」の金融危機で断念。支持率は既に三○%を割る調査も出始め、解散は封印するしかなかった。

 一月上旬に早期召集の通常国会はまず追加経済対策を盛り込んだ二次補正、続いて〇九年度予算案の審議が待つ。本予算と歳入関連法案の成立まで解散を打つ余地はない。通せずに解散なら「追い込まれ解散」になりかねない。民主党が審議をとことん引き延ばした〇八年、歳入関連法案の成立は四月三十日までずれこんだ。〇九年も持久戦の覚悟がいる。

 六―七月は公明党・創価学会が衆院選以上に重視する東京都議会議員選挙が控える。衆院選とのダブル選を避ければ、九月十日の衆院の任期満了はもう目の前だ。日程にすき間がなく、景気も支持率も右肩下がりでは、解散戦略と言ってももはや出たとこ勝負でしかない。

 首相の座にしがみつき、耐え抜いた末の任期満了選挙説も強まるが、それすら容易ではない。九月三十日に麻生の党総裁任期は切れる。支持率が反転し、党内が麻生を「選挙の顔」と認めれば別だが、ジリ貧なら「顔」を代えよう、と総裁選前倒し論が浮上するのは間違いない。

 解散先送りでは党内がガタつく、と仕掛けたのは小沢だった。十一月十七日、突然麻生に党首会談を要求。事務担当の官房副長官・漆間巌らはやめた方がいいと進言したが、麻生は首相官邸で「申し入れを聞き置く」体裁を取って受けた。

「常識的な範囲で結論は出す。党首として政治家として、責任を取る」

 小沢は唐突に審議協力をちらつかせると、「あんたが国民に約束したんだろ」と二次補正の臨時国会提出を迫った。麻生は腰を引いた。案の定、小沢は十八日から一転、参院でインド洋自衛隊給油法の延長や金融機能強化法の改正をサボタージュする強硬戦術で麻生揺さぶりに出る。軸足は倒閣に移しつつあった。解散を先送りし、二次補正も急がない麻生の矛盾を浮き彫りにする舞台装置として党首会談をしっかり利用したのである。

 十九日夜。麻生と幹事長・細田博之、国会対策委員長・大島理森は二次補正は〇九年度予算案と一体で通常国会に出す方針で腹を合わせた。銀行への資本注入を復活する金融機能強化法改正案を通すには衆院再議決をにらんで越年延長も覚悟せざるを得ないが、年末は予算編成に専念。通常国会の前に局面転換の内閣改造が可能なすき間を少しでも空ける。政権維持を優先する守りの戦略だった。

 前財務相・伊吹文明が同じく京都府選出の議員に漏らした見立ては深刻だ。

「麻生が来夏まで持てば、総裁選で『衆院選の顔』を選び直す余地もある。しかし、またしても早々と首相の座を投げ出せば、もう自民党政権は終わりだ」

 安倍晋三、福田康夫に続く政権投げ出しと言う異常事態になれば、後継首相を党内のたらい回しで選べるかどうかも覚束ない下野の瀬戸際だ。そんな非常事態の最中に、クーデターまがいの行動を起こしたのが、九月の総裁選で元防衛相・小池百合子や幹事長代理・石原伸晃を担いだ自称「改革派」の面々だ。元官房長官・塩崎恭久が「追加経済対策の実行で国会から逃げてはいけない」と噛みつけば、元行革担当相・渡辺喜美も「政局より政策だと解散を先送りして、政策まで先送りしちゃうの? そんなバカないでしょ」と挑発。彼ら中堅・若手有志二十四人は、官房長官・河村建夫に二次補正の臨時国会提出を迫る連判状を突きつけた。だが、所詮、彼らも確たるポスト麻生候補や政局カレンダーも持たずに騒いでいるだけで、それこそが自民党の政権担当能力喪失を物語っていた。

■前代未聞の越権行為

 政界では最近、麻生を「新KY総理」と呼ぶ。連夜のホテル・バー通いで見せつけた「空気の読めなさ」に加え、「未曾有」を「みぞうゆう」、「踏襲」を「ふしゅう」と読み間違えて「漢字が読めない」のレッテルも貼られたのだ。

 十九日の記者団のぶら下がり取材。重要政策を巡る麻生の粗雑な発言の連発で政権は「未曾有」の混乱に陥った。

「地方交付税として一兆円というのがもうずーっと一貫して言っていること。地方が自由に使える交付税として一兆円」

 麻生は道路特定財源の一般財源化を巡り、一兆円は使い道を限定しない地方交付税として地方に渡す考えを示した。党側への根回しゼロで道路整備予算を一兆円減らす、と宣告したに等しかった。

「官房長官を呼べ!」「道路は必要だ」。二十日の党道路調査会で怒声が飛んだ。会長・山本有二の皮肉は痛烈だった。

「『交付税』を(道路整備に使途を限る)『交付金』と読み替えれば辻褄が合う。漢字の読み間違い、とは言わないけど」

 民営化した日本郵政グループの株式売却を巡っても迷言が飛び出した。

「今年売らなくちゃいけないみたいなルールになっていると言うから、株価が下がっている真っ最中に売る奴がどこにいるんだと。凍結した方がいいでしょうね」

 郵政民営化の見直し方針と受け止められかねない一言に、「改革派」の黒幕、元幹事長・中川秀直が二十日の町村派総会で公然と麻生批判の烽火(のろし)を上げた。

「株の売却は早くて二○一〇年度からで、一七年度までに完全民営化する計画。今年、売るなんて話は全くない。民営化の完全否定と取られても仕方がない」

 選挙対策副委員長・菅義偉も「郵政造反組」の首相補佐官・山口俊一を一喝した。「総理にバカなことを言わせるな。やるんならもう一回、党を出てやれ!」

 交付税も郵政も総務省の所管。浮かび上がるのは「総務省官邸」の実態だ。麻生は財務、外務、経済産業、警察の四省庁体制が慣例の事務担当の秘書官を増員。総務省官房審議官(地方財政担当)だった岡本全勝(昭和53年自治省入省)を首席扱いで登用した。岡本は麻生の総務相時代に官房総務課長で仕え、信任を得た。麻生に張り付き、政策全般を仕切ろうと力む余り、河村や漆間らを遠ざけがちで、官邸内で不協和音を生む。

 麻生と長年、苦楽を共にしてきた政務秘書官・村松一郎と岡本のコンビが首相秘書官室を牛耳る。党三役の一人は麻生と面会後、このコンビから、「河村長官の部屋には寄らないで下さい」と耳打ちされ、官邸内の足の蹴り合いに暗然とした。漆間も河村の力量不足に苛立ちをにじませる半面、麻生が閣僚や各省に下した指示を知らされず、後で各省に問い合わせるなど、首相秘書官室とはぎくしゃくする。「年金テロか」と日本中が騒然となった元厚生事務次官夫妻殺傷事件の際にも、その日のうちに「テロは断じて許さない」と踏み込んだコメントを用意した岡本に対して、漆間は麻生に「この時点では時期尚早です」と進言して切り返し、二人の溝はさらに深まった。挙句の果てに、政務の副長官・松本純が、「総理が事件にもかかわらずにバーに行こうとしたのを私が止めたんだ」とうっかり記者に漏らしたため、メディアによる怒濤の麻生攻撃にさらに拍車を掛けるというお粗末なおまけまでついた。

 その麻生官邸のキーマンである岡本が鮮烈な存在感を発揮したのは十月十七日の経済財政諮問会議だった。「消費税率引上げは避けて通れない。責任政党としてそれだけは覚悟しなきゃダメだ」。消費税増税を逃げない、と麻生が格好をつけてぶち始めたその瞬間、岡本はいきなり麻生に駆け寄り、衆人環視の場で、「総理! 今の発言は議事録から削除します」と大声で諫めた。居並ぶ閣僚も唖然とした前代未聞の越権行為だった。

 閣僚や各省幹部が麻生を総理執務室に訪ねると、岡本はしばしば麻生の脇に陣取る。報告や説明を平気でさえぎり、口を挟むKYぶりに反発が渦巻いた。小泉政権までは、首相秘書官は離れた席に控え、発言は慎むのが慣例だった。まるで安倍の政務秘書官だった井上義行を彷彿とさせる振る舞いに、陰では「キャリアの井上」と揶揄される。洒落者で髪の薄い岡本が愛用するソフト帽まで「目立ちすぎだ」と攻撃を受ける始末だ。

「道路財源から一兆円」は財源と権限を国土交通省から交付税を差配する総務省に移すことを意味する。麻生が農水省の地方農政局と国交省の地方整備局の「抜本的な統廃合」をぶち上げた際も、霞が関は岡本の振り付けを指弾した。総務省は「ウチがやらせているわけではない」と火の粉を払うが、総務相・鳩山邦夫も麻生の「お友達」だけに各省が岡本と総務省に投げかける視線は冷ややかだ。

■給付金騒動の真相

 定額給付金騒動も「総務省官邸」に財務省が横を向き、ほころびが露呈した。

 福田政権末期の八月末、公明党が中・低所得層中心の生活支援として定額減税を求め、幹事長の麻生が丸のみしたのが発端だ。麻生の首相就任後、財務省は減税では課税最低限以下の所得層への手当てが厄介なので、一律の給付金の方が効果的とご注進。公明党も乗った。二兆円規模で総務省予算に計上、市町村から配る手順も固まった。

 公明党主導の舞台裏を知る経済財政担当相・与謝野馨。財政規律派として「内需刺激ではなく、生活支援が目的だから所得制限が当然」と決め込んでいた。財務省は「規模と財源の大枠さえ決まれば、細目は総務省に任せて口は出さない」と総務省のお手並み拝見の構えだった。誰が実務の詰めの責任を負うのか曖昧なまま、麻生は十月三十日の記者会見で「全所帯について実施します」と岡本が起草した発言メモを読み上げてしまった。

 翌三十一日。麻生直属の経済財政諮問会議から雲行きが怪しくなり始めた。

 民間議員の新日鉄会長・三村明夫が、「中・低所得者に的を絞った対策が適当ではないか」と所得制限を主張し、同じく民間議員の元日銀副総裁・岩田一政も「やはり上限をどこかに置いた方がいいと思う」とそれに続いた。沈黙する麻生。

 総務相の鳩山が「手間暇を考えると、自治体の窓口でどこまでできるか」と強く反論したが、進行役の与謝野は「所得制限を設けるとも設けないとも、実はどちらにも決めていない」と引き取った。バラマキ批判の噴出を危ぶんだのだ。

 十一月一日。与謝野は官邸とも連絡を取ったうえで、「高所得層にお金を渡すのは変だ」と所得制限への軌道修正を試みた。麻生も「豊かな人に出す必要はない」と歩調を合わせたが、今度は鳩山と総務省が「市町村で所得は把握できない」とねじ込んだ。次善の策として自発的辞退論も浮かんだが、与謝野が「辞退は制度ではないので、ありえない」と一蹴。麻生はとうとう市町村に判断を丸投げする最悪の展開となった。

 すかさず手を突っ込んだのは小沢だ。

「与謝野さんが言っているように『自発的に辞退』というのは制度じゃないだろ」

 十一日、神戸市内で記者団に囲まれると、与謝野を持ち上げた。たった一言で、政界再編をにらむ小沢―与謝野提携への警戒感が与野党を超えて膨れ上がった。官邸からは一時「給付金騒動は与謝野の倒閣運動なのか」と疑う声すら漏れた。

 二十日、麻生は財務・金融相・中川昭一に予算編成の大枠を指示する場で与謝野を傍らに座らせた。経済運営での副総理格を明示し、二人のすきま風説を打ち消す狙いだった。実は与謝野と犬猿の仲の中川秀直までが、ふらつく麻生の隙を突いて与謝野にまさかの秋波を送り始めていた。小沢や中川の離間工作には乗らないという麻生の意思表示だった。

 大きなマスクも外し、精気の戻った小沢は二十三日、珍しくNHKの生番組に登場。麻生の「あの人信用できない」発言を「チンピラの言いがかり」とやり返し、麻生退陣と自公連立の下野を迫った。

「(麻生が)辞める話になれば、選挙管理内閣の形で、政権を野党に渡して選挙をやるかどうか。いずれにしても、次の内閣はもう選挙するしかないんですよ」

 急激な失速に我慢の麻生。倦みがちな党内を「解散、さもなくば倒閣」と引き締める小沢。二カ月前は想定外だった衆院任期満了の年が迫る。(文中敬称略)

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