2009年7月6日

赤坂太郎 文藝春秋4月号

「与謝野総理」企む与野党の損得勘定http://bunshun.jp/bungeishunju/akasakataro/0904.html
危篤状態の麻生の「おくりびと」は誰か。本命なき後継争いが始まった――
 二月二十四日、首相・麻生太郎は、ワシントンのホワイトハウスで満面の笑みで米大統領・オバマと握手を交わした。オバマが初めて招く外国の賓客。各国首脳のオファーが殺到するなかで、その栄誉の切符を手にしたのだ。興奮冷めやらぬ様子で「我々は世界一位、二位の経済大国だ。日米が手を携えて取り組まねばならない」と胸を張った。しかし、海外メディアの関心はすでにそこにはなかった。ワシントンポスト紙は「支持率低迷に悩む日本の総理が人気アップを狙ってやって来た」と皮肉った。
 麻生が消費税増税問題に一応の決着をつけ、反転攻勢に出ようとした矢先、出鼻をくじいたのは元首相・小泉純一郎だった。二月十二日、自民党本部で開かれた「郵政民営化を堅持し推進する集い」。大幅に開始が遅れたため、欠席するのではないかと見られていた小泉はしかし、おびただしい数のカメラのフラッシュを浴びながら、会場入りすると、やや顔を紅潮させながら一気にまくしたてた。
「(麻生の郵政民営化に反対だったという発言について)怒るというよりも笑っちゃうくらい、ただただ呆れている」「私のことを奇人・変人などと言っているようだが、自分では常識をわきまえている普通の人だと思っている」「政治で一番大切なのは信頼感。特に首相の発言に信頼がなければ、選挙は戦えない」。痛烈な麻生批判だった。そしてその背景には想像以上に激しい小泉の怒りがあった。
 二月十日、郵政民営化担当相でもあった腹心の竹中平蔵が小泉の事務所に駆け込んだ。竹中は「かんぽの宿」売却問題をめぐる経緯を説明した。竹中の結論は「かんぽの宿は隠れ蓑にすぎない。実態は日本郵政社長・西川善文の追放劇だ」というものだったが、小泉も同じ認識を抱いていた。実際、総務相・鳩山邦夫はこの二日後の衆院本会議で、「日本郵政は百パーセント国が株をもっているから政府に責任がある」と西川の進退を含む責任問題に言及した。西川は三井住友銀行出身の金融界の実力者であり、〇五年十一月に民営化会社のトップとして、竹中が三顧の礼で迎え入れた人物だ。
 西川が追われれば、民間には火中の栗を拾おうとする人材はいない。郵政民営化反対派が麻生を巻き込み、西川の後釜に据えようと目論んでいるのが、旧郵政省出身の團宏明である。團は日本郵政副社長と郵便事業会社社長を兼任しているが、小泉とは因縁がある。小泉が郵政大臣に就任した九二年、旧郵政省は、持論である郵政民営化を曲げない小泉を省内で孤立させ、役所ぐるみで省益を守ろうとした。團は秘書課長としてその先兵となった。“元祖・抵抗勢力”を日本郵政の社長になどできるわけがない。
 小泉は、元幹事長・中川秀直からの報告を竹中に示した。郵政民営化反対派の首相補佐官・山口俊一らがもくろむ「郵政四分社化の修正案」。これは配達を行う郵便事業会社と郵便局を運営する郵便局会社を合併する案が柱となっている。竹中は強い口調で進言した。「郵便事業は物流であり、郵便局事業は小売サービス。一体化する理由はないはずです」。二人の認識は完全に一致した。“郵政の巨大利権の復活”が狙いであることは明らかだった。小泉内閣が政権の命運を賭けて成し遂げた郵政民営化を潰すなら、麻生内閣も潰してしまうぞ。これこそが小泉の怒りが爆発した真因だ。
■「やっちゃったか」
 小泉発言の三日後、内閣支持率はついにひと桁に落ち込んだ(九・七%=日本テレビ)。そして瀕死の麻生政権にさらに追い討ちをかけたのが、この日(日本時間)行われた財務・金融相・中川昭一のもうろう会見だった。ローマで開かれたG7財務大臣・中央銀行総裁会議後の記者会見の映像は、世界を駆け巡った。「な、何? もう一度言って」と質問を遮り、会場を見渡しつつ「どこだ?」とうつろな視線を泳がせる。秘書官を通じて政治問題化する恐れありとの報告を受けていた麻生も、その日の夜、首相公邸のテレビでその醜態を目の当たりにするや、「やっちゃったか」と苦虫を噛み潰した。「怖い気がして……」と会見映像をほとんど見ていなかった中川も、帰国直後に妻・郁子に電話を入れると「あなた大変なことになっているわよ」と叱責され、ことの重大さにようやく気付かされる。
 翌十六日、官房長官・河村建夫や国対委員長・大島理森は暗に中川に辞任を求めた。しかし、麻生は、同日夜、首相官邸に陳謝に訪れた中川を、「俺とお前は“一蓮托生”だ。説明責任を果たせば収拾できる」と励ました。麻生にとって中川は、組閣の際、最初に名前を書き入れた人物であり、腹心中の腹心だった。
「麻生は中川を切らない」との情報を得た民主党は、参議院での問責決議案の提出に動く。自民党は問責提出阻止に向けて根回しを急いだ。元首相・安倍晋三、総裁特別補佐・島村宜伸らが相次いで、国民新党代表代行・亀井静香の携帯電話を鳴らして、問責には乗らないように働きかけた。参議院で民主党は単独では、問責決議案を可決できない。亀井も「中川はかつての弟分だから、手荒なまねはしない」と理解を示していた。しかし、翌十七日昼過ぎ、中川が「来年度予算案が衆院を通過したら、辞表を提出する」と表明したことで事態は急転する。「いったい参議院を何だと思っているんだ」と反発した国民新党副代表・亀井郁夫は弟の静香の説得を無視して問責決議案提出に同調し、流れは変わった。中川は、この日の夕方、首相官邸に麻生を訪ねて辞表を提出し、受理された。
 麻生が「健康問題、体調の問題」と最後まで中川をかばったのは、ヘルニアという持病を知っていたからだ。中川の悪い癖は、鎮痛剤や向精神薬を、即効性を求めて、アルコールを摂取しながら処方の二倍以上も飲んでしまうことだ。「使い方によっては、酩酊状態を引き起こす恐れがある」と主治医が度々注意しても聞く耳をもたない。これまでも国内でしばしば同様の事態が繰り返されてきた。ローマでは、G7のワーキングランチをわざわざ中座してセットした、内輪のランチ以降の行動が命取りとなった。
 内輪のランチの場所は、宿舎だったザ・ウェスティン・エクセルシオール・ローマの一階にあるレストラン「ドネイ」。地中海料理の名店で、ホテルはフェリーニ監督の映画「甘い生活」の舞台にもなった最高級の五つ星だ。麻布高校の同級生でもある国際局長・玉木林太郎、大手紙の女性記者ら七人がテーブルを囲み、中川は上機嫌で、自ら赤ワインのフルボトルを注文して、グラスを傾けた。
 この後臨んだ日ロ財務相会談で、中川は体調の異変を感じたが、手遅れだった。会談後、記者会見の前に、中川は自室でおよそ三十分の休憩をとった。この間の“単独行動”は依然謎に包まれたままだ。民主党には「ここでまた洋酒をグラス二杯ごっくんしたようだ」との情報も寄せられ、国会で追及する構えをみせていたが、真相は藪の中。だが、少なくとも記者会見を終えた時点で、中川に問題行動をした自覚はない。むしろ今回の外遊で「最も楽しみにしていた」(同行筋)世界遺産・バチカン観光に心弾ませていたのではないか。博物館では立ち入り禁止エリアに入りこみ、触ってはいけない美術品に手を伸ばして警報ベルを鳴らし、さらに日本の国際的信用を失墜させた。ちなみに大臣以下、財務省ご一行様のローマ渡航費用は約六千万円である。
■ポスト麻生の懲りない面々
 小泉発言と盟友辞任のWショックで強気の麻生もさすがに最近は元気がない。お気に入りの口癖だった「男は義理と人情と痩せ我慢」もめっきり口にしなくなった。痩せ我慢も限界を超えたのか。本人は「体重は六十五キロと変わらない」と強調するが、ウエストが二センチ細くなり、周辺は「髪も薄くなった」と嘆く。
 今や「麻生のもとでの選挙など考えられない」という意見が与党内の暗黙の了解といってよい。来年度予算案が衆院を通過し、定額給付金の財源法案などが、小泉の造反はあっても成立しさえすれば、自民党内ではポスト麻生をめぐる動きが本格化する。一時は総選挙を経ない四人目の総裁を選ぶことは許されないという建前論もあったが、もはやそんな綺麗ごとは言っていられなくなった。少しでも支持率が上がる総裁でなければ、生き残るはずの代議士までもが全滅してしまう恐れがあるからだ。
 自民党内では、四月二日のロンドン金融サミット後に「麻生辞任→自民総裁選で新総裁選出」の見方が強まっている。
 ポスト麻生の台風の目となりそうな活発な動きを見せているのが、中川秀直だ。新年早々、「新しい旗を立てる」とぶち上げた中川は、元首相・森喜朗の逆鱗にふれ、派閥会長の座を前官房長官・町村信孝に奪われ、傷心の日々だった。それが郵政民営化を逆行させる動きに激怒した小泉から「中川さんも勝負するべき時だ」とお墨付きをもらって途端に元気になった。「政治そのものを抜本改革してゆく議員連盟を立ち上げ、新しい自民党をつくろう」と山本一太など側近議員に呼び掛けている。だが、派閥の事実上のオーナーである森は辛辣だ。「幹事長までやった政治家が、民主党と連携しても……なんて言っている。危機の時に守らずに逃げ出そうとするのか」。出馬するなら派閥を去ることが必要条件になるかもしれない。それでも引退を表明している小泉に代わって、党内で改革勢力の一定の支持を集める可能性は、なしとしない。
 幹事長代理・石原伸晃周辺もあわただしい。中川辞任直後の十九日夜には、元官房長官・塩崎恭久、副幹事長・菅原一秀ら、先の総裁選で石原を支持したメンバーと意見を交わした。石原ブランドは「選挙の顔」としては都市部を中心に魅力的に映る。当の本人もまんざらではないのだが、支援者からは「民主党優勢の真っ只中で、ここが本当に勝負どころか、よく見極めたほうがよい」と冷めたアドバイスも受けている。
 ダークホースは、厚生労働相・舛添要一だ。かつて参院議員が首相に指名された前例はないが、現行憲法では可能だ。年金問題など、国会審議で野党の攻撃にさらされながら、戦犯だとの見方はされず、むしろ一定の支持を得ている。森も参院自民党のドン・青木幹雄との会合で、「舛添は、自民党を救うための切り札になりうる」との認識で一致した。この他、元環境相・小池百合子、農水相・石破茂、前官房長官・町村信孝らも、チャンスをうかがう。
 そしていまだに根強いのが、「与謝野暫定政権」説だ。与謝野馨は「麻生の言葉は落第点だが、麻生政権は支える」と公言している。しかし与謝野の意志とは別に、自民・民主の両党から漏れ伝わってくるある有力なシナリオがある。それは、(1)麻生が予算成立後に速やかに内閣総辞職する。(2)その瞬間に小沢一郎の方から与謝野首班を求め、一時的な“大連立”を実現する。(3)この暫定大連立のもとで、与野党が協力して本予算の補正予算案を組み、当面必要な景気対策を成立させて、日本経済が底抜けしないような手だてを打つ。(4)そして時間を置かずして衆院の解散・総選挙に踏み切り、雌雄を決する、というものだ。
 このシナリオの特徴は、与謝野首班は、自民党からしても固辞する理由が乏しいことにある。与謝野は、経済財政担当相に加えて、財務・金融相と三つのポストを兼ねたことから、すでに“陰の首相”とも言われている。
 一方、民主党にとってのメリットは、この暫定大連立の期間を、本格政権への移行、助走のための準備に使える点だ。この間、政権交代を見越して、自民党からこぼれる議員が出てくることも想定され、それに対して、小沢の一存で、選挙区調整を含めた民主党への取り込み工作を個別に展開することも可能になる。
 ただし難点もある。「誰が麻生に鈴をつけるのか」。また、すぐに政権交代なら、与謝野は平成の徳川慶喜で終わってしまう。側近の政調会長代理・園田博之らは、与謝野の袖をひっぱって、小沢の口車に乗るなと諫めている。民主党内でも、じっとしてさえいれば政権が転がり込んでくるのに、「奇策を弄する必要はない」と小沢への警戒感がにじむ。
 永田町は新たな局面に入った。
「次の総選挙では、自民党も民主党も単独では過半数に届かない」という状況から、「民主党が単独過半数を得る」可能性が高いことを前提に考えなくてはならない局面へと転換したのだ。実際、自民党中枢のある幹部は「自民党は一度、下野する覚悟をもつことこそが、今後、戦う上での前提だ」と腹を括っている。次の総選挙での敗北を前提にして、次の次の総選挙で大政奉還を図る戦略を描くべきだ、という意味だ。政局春の陣がいよいよ動き出す。(文中敬称略)

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