2008年10月15日

赤坂太郎 文藝春秋11月号

政界シミュレーション 攻防210議席 両党とも勝てず単独過半数は困難。選挙後は大連立か、政界再編か(http://www.bunshun.co.jp/mag/bungeishunju/akasakataro/0811.htm)
 漸く吹き始めた秋風をはねつけるように国会議事堂が一気に沸騰した。九月二九日午後二時、衆院本会議。前代未聞の首相・麻生太郎の所信表明演説に対し、与党席から「そうだ、民主党に任せられるか」と喝采と拍手が、野党席から「違う、だから政権交代だ」と罵声と野次が噴出し、一躍騒然となったのである。
「補正予算を検討のうえ、呑めない点があるなら、論拠と共に代表質問でお示しいただきたい。独自の案を提示されるのももちろん結構。ただし、財源を明示していただきます」。テロ新法を含め、到底小沢民主党が呑めない条件をずらり並べ、応じられないなら解散だぞと言わんばかりの伝法である。
 アドリブではない。かねて用意の演説だった。自民党総裁選の最中のある夜、東京・神山町の自宅でひらめいた麻生は、すぐに携帯電話で国対委員長・大島理森に指示を飛ばした。
「いいか、メモとれ。所信を使えばいい。QT(党首討論)的に、小沢に賛否を迫る。答えは期限を切る。そうだな、代表質問で、とするか」
 麻生は首相になった暁には冒頭解散だと決意しており、悩みどころはいかに民主党の抵抗姿勢を暴き出し解散の名分を成すかだけだった。そこで出した答えが「QT的所信」だったのだ。
 二五日、首相官邸五階の会議室。大島が練り上げた案文を初めて目にした官房長官・河村建夫ら正副長官は全員息を呑んだ。「小沢への果たし状というわけだ」。嬉しそうに沈黙を破ったのは、浪花節では麻生にも負けない側近の副長官・鴻池祥肇である。
「一〇月二一日公示、一一月二日投票」の総選挙へ、麻生自民党は突っ走る。もちろん、勝算が完全にあるわけではないが、もう退くわけにはいかない。盛り上がりを欠いた総裁選に地味な組閣が続き、発足直後の内閣支持率は、安倍、福田両政権のスタート時を下回った。国土交通相・中山成彬の失言による辞任など、閣僚が政権の足を引っ張るもたつきぶりも相変わらずだ。ただ、各社の世論調査とも、「首相候補」としての評価は軒並み、麻生が小沢一郎をほぼダブルスコアで引き離した。
 その一点を拠に自民党は背水の陣をしく。「この数字が欲しかった」。感に堪えぬように漏らしたのは、留任を麻生に直訴した党選対副委員長・菅義偉である。一カ月前の突然の福田辞任表明から菅はそれだけを注視していた。
■中川秀直の策謀
 九月一日午後六時、首相官邸五階の執務室。幹事長・麻生を招き入れた首相・福田康夫は一枚の紙を渡し、「この日程で総裁選をやって下さい」とだけまず言った。
「八月・九月の日程(案)」と書かれたその紙には、「九月二六~二八日まで陛下行幸啓(大分国体)」など天皇日程を含めて内外の外せない政治日程が細かく記されていた。その意味が国連総会前の二四日には新内閣を発足せねばならないことは一目瞭然であった。
 言葉を失った麻生に対し、福田は穏やかに語りかけた。「私と小沢さんの対立関係のままでは展望が開けない。それを変えれば総選挙も変わるんです」
 十数分後、異変を感じたか、執務室に官房長官・町村信孝が飛び込んできた。淡々と総裁選の段取りを話し合う二人に表情を変え、「総理、この難局は人が替わっても容易には乗り越えられません」と慰留しようとしたが、福田は突然、顔を強張らせ声を荒らげた。
「言葉を慎みなさい。総理大臣の出処進退は、総理大臣だけが決めることのできる専権事項である。官房長官が口出しできるようなものではない」
 かつて小泉政権下で起きた年金未納政局の際、官房長官として未納の事実が明るみに出ながら、同じ問題を抱えた民主党代表・菅直人が進退を惑うのを逆手にとって、電撃辞任により形勢を変えた福田のことだ。内閣改造も政権立て直しの薬とならず、「イラク撤退はまだしも、これだけは日本外交の存在感低下を避けるため最低限必要なことだ」と見定めたテロ新法さえ、与党・公明党の離反で審議日程も立てられぬ苦境に陥った。
 ならばこそ、災い転じて福と成す、自分が辞めて総裁選を華々しく挙行すれば、無投票で小沢再選が決まる民主党の鼻を明かすことができる――。最後の最後、出処進退で政治家福田の本領を発揮しようとしたのだった。
 だが、空前の低支持率に喘いだ森喜朗から「自民党をぶっ壊す」のひとことで驚異の高支持率を呼び込んだ小泉純一郎へ、鮮やかな首相交代劇を演出した時のような実力者もいなければ、知恵も余裕もないのが今の自民党だ。一年前に「反麻生」の八派連合を現出させた面々とて今回はばらけ、迷走した。
 すぐさま動いたのは、元幹事長・中川秀直である。福田政権誕生以来、折に触れ麻生と接触はしてきたが、仮に麻生政権になっても、自分を重要閣僚など権力の中枢に座らせる気のないことはわかっていた。他方、福田内閣の改造直後に森に会い、「民主党から前原誠司、野田佳彦を引き連れて新党を結成する案がある。総選挙の結果次第で自民党とのブリッジにしたい」と打ち明けてもいた。
 小泉は無理でも、その後継者として小池百合子を派内で担ぐ。仮に麻生に負けても古い自民党に負けた悲劇のヒロインに仕立てあげ、麻生政権下で自民党が負ければ、政界再編の起爆剤にできる――。だが、新党案には「面白いかもしれないな」と応じた森も、そんな中川の策謀を察知し、派内で多数派工作を始めたことに警戒心を強めた。
 福田の辞任表明の翌二日夜、東京プリンスホテルの一室。森は、町村と中山成彬、元首相・安倍晋三、そして中川を部屋に呼び込んだ。森は途中、わざわざ小泉に電話してみせ、「純ちゃんも同じ考えだったぞ」と断った上で中川らにこう告げたのである。
「二代続けて清和会の政権がこうして倒れ、今回ばかりは謹慎、当面静観だ。派閥で誰をやるとかはしない。ただ、この五人の協議で政局対応は遺漏なきようにしたい」
 森がそう告げた真意はもちろん自主投票ではなく、中川を含む幹部協議の続行、つまり中川の暴走を止める「安全装置」の設置にあった。協議後すぐに町村は国会近くのホテルのバーにいた麻生の携帯に電話し、森の意向を正確に伝えた。「それで十分だ」。小池が反麻生の統一候補に化けることを一番恐れていた麻生にとっても、中川包囲網の方が大事だった。
 だが翌日、永田町に一気に流れたのは「町村派は自主投票。森氏も中川氏の小池氏擁立を容認した」という情報だった。「中川がリークしたに違いない」。森は激怒した。
 他方、経済財政担当相・与謝野馨の出馬に福田擁立の再現をみたのは、加藤紘一である。三日、東京・赤坂の鰻屋「重箱」。元幹事長・山崎拓、選対委員長・古賀誠の三者会談で反麻生の統一候補を絞ろうとした。
 だが山崎が口にしたのは、総裁候補として自派に迎え入れた石原伸晃の名前だった。派内では甘利明ら麻生支持を公言する幹部がおり、ここで与謝野に乗れば派閥は草刈り場と化す。同じ事情を抱え、しかも自派の谷垣禎一擁立にも踏み切れない古賀は、意中の名前さえ口にしなかった。
 翌四日午後九時、東京・汐留の日本テレビ本社。読売新聞グループ本社会長兼主筆の渡辺恒雄と日本テレビ代表取締役会議長の氏家斉一郎、前参院議員会長・青木幹雄、森喜朗の四人が議長応接室に顔をそろえた。まさに昨秋、八派連合の礎を固めた会談の再現かと思われたが、後見人たる氏家が石原の立候補に協力を求め、残る三人がうなずいた以外、統一候補への策謀は進まなかった。
 既に麻生、与謝野の二人に電話で出馬を勧め、つまり小泉構造改革に終止符を打つのが狙いの渡辺は、小池でなければよかった。安倍政権末期の人事で麻生が自分を参院副議長に祭り上げようとしたことを忘れられない青木は、与謝野を考えていた。そして反麻生連合が壊れていく様を、じっと見つめていたのが森だった。小池、石原だけが対立候補なら、二、三位連合により麻生が決戦投票で逆転されかねない。だが与謝野が出れば、麻生が組む相手が出来る。
 八日夕、町村派総会。「政策集団として対応を縛れば、国民目線にはかなわない」。小池擁立の言質を取ろうとした中川に対し、隣席で森は「長いぞ!」と制止し、さらに四〇分に及ぶ長演説の果て「麻生支持」をついに口にしたのだった。
■不発に終わった組閣
 総裁選に限って言えばそこでゲームセットだった。与謝野、石原、小池、そして元防衛相・石破茂が立ち、数だけは派手な戦いにはなったが、地方の党員・党友票はもちろん、国会議員票まで麻生に雪崩を打ち、メディアの関心は早々と薄れた。
 それもこれも、総選挙で自公が過半数を制することができるかに確信が持てず、中川・小池連合が集団で離党する恐怖を捨て去ることが出来なかった結果である。森もまた、中川を手中に抱え込む最初の戦略が破綻し、力でねじ伏せる下策を選んだ結果、かえって火種を消し尽くすことは出来なかった。福田が言い残した「わくわくする総裁選」を演出する余裕など、森にも麻生にもなかったのである。
 組閣人事もまた、その「恐怖」に翻弄された。
「総選挙で民主党に勝つことが私の天命だ」。二二日の総裁受諾演説でそう吠えた麻生がまず取りかかったのは、民間経営者出身らしく、彼の「社長室」たる官邸スタッフの入れ替えである。福田色の強い事務の官房副長官・二橋正弘に代え、情報収集能力の高さをかって「安倍首相にも出来なかった」前警察庁長官・漆間巌の起用に踏み切った。肌合いの合わぬ坂篤郎、河相周夫の財務、外務の両官房副長官補も代え、首相秘書官も外務、財務、経済産業、警察の従来からの四人に加えて事実上の首席秘書官として総務省から知恵袋の岡本全勝を迎え入れたのである。
「オレと小沢の戦いだ」。麻生はそう腹をくくり、最初の総裁選挑戦時から決めていた通り、首相自ら組閣名簿を読み上げ、個々の閣僚への指示を国民に訴えた。だが所信表明演説の練り込みも含め、リーダーたる自分の力のアピールに心を奪われる余り、閣僚・党役員人事の詰めが甘くなった。特に選挙戦で自分に次ぐ党の顔となる幹事長人事である。
 総裁選も終盤に差し掛かった九月一九日夜。麻生は森に電話し、「幹事長を受けてもらえますよね」ともちかけた。森は驚き、翌二〇日に電話して改めて「晩節を汚したくない」と断ったが、麻生の狙いはこうだった。
 中川の派内での力を完全に殺ぐためには、町村が派閥に戻り総裁候補としての地位を固めるのが一番だ。そのためにも幹事長は町村ではない町村派の幹部がいい。森が受けてくれるならそれでもよし、断るなら「人事は自分に任せてほしい」と森から言質を取ったうえで、町村派とはいえ、幹事長代理の細田博之を緊急避難的に昇格させただけだとすればいい……。
 だがそれは結果的に、「幹事長ないし官房長官は最大派閥から」といった町村派の意向に麻生が押し切られ、さらに「森頼み」にすがったとの印象を残すこととなった。しかも組閣直前から閣僚人事が次々と漏れ出し、いらぬ反発を各派閥から呼んだため、肝心の森からも中山成彬の入閣など人事のゴリ押しを受ける羽目となった。その中山の失言と辞任で政権の滑り出しが躓いたのだから痛恨の極みである。
「論功行賞」「お友達内閣」「派閥順送り」。安倍、福田二代の内閣が人事で非難を受けたこの三点だけは、同じ過ちを繰りかえしてはいけない――側近たちから何度もそんな忠告を受けた麻生だったが、世評ばかり気にしていていいのか、といった負けず嫌いの虫が騒いだのだろう。リーマン・ブラザーズの破綻から世界に広がった危機を凌ぐには、財政・金融を一体に戻すのかといった批判を覚悟で、盟友・中川昭一を財務・金融兼務の閣僚に起用する。さらに浪花節なのか、劣勢の総裁選挑戦のころから「太郎会」を主宰してくれた鳩山邦夫、小派閥の悲哀を一緒に嘗めた森英介も登用した。
「タカ派イメージのあるオレだからこそ、官房長官はこの男なんだ」。側近に明かした通り、日韓議連副幹事長で教科書問題にも造詣の深い河村建夫の登用や、アジアに太いパイプを持つ元首相・中曽根康弘の息子・弘文の外相起用は、アジア外交の立て直しに向けて外務省などプロ筋で評価は高いが、それも旧来型人事だとの全体の評判のなかで霞んでしまったのである。
■比較第一党の基準線
 他方、民主党も喧嘩上等の姿勢である。「ぜひ、麻生政権誕生で内閣支持率が上向き、早期解散を決意されるよう望む」。幹事長・鳩山由紀夫はそう皮肉な祝辞を口にし、全国の候補者の洗い直しに余念がない。
 だが、衆院四八〇議席のうち、二四一の過半数を単独で一発で取れるか、自民党と同様、完全な自信は持てない。両党とも独自の世論調査から弾く数字は奇妙なほど似ている。地方を中心に一五〇~一六〇の議席獲得は積み上げられる。だが、各都道府県の一区を中心に都市圏はじめ、最後の勝負となる四〇~五〇の議席が横一線なのだ。
 公明党が現有の三一議席を死守し、共産党が伸びるにしても社民党の票を食うとすればこれも一五議席強の読みとなる。ここに国民新党はじめ無所属まで含めた他勢力が一〇議席前後と読み込めば、自民、民主で四二〇~四三〇議席を奪い合う、つまり二一〇~二二〇議席辺りが比較第一党の基準線になりそうな情勢だ。
 確かに、小泉の〇五年郵政総選挙は都市部で自民党が圧勝し、地方の票の目減りを補った。他方、安倍が沈んだ〇七年参院選は地方を重視した小沢戦略が功を奏し、都市型政党と言われた民主党の弱点を補った。だが今回は都市と地方の両方で二大政党ががっぷり四つの戦いである。そこに全三〇〇小選挙区擁立の方針を改めた共産党がどの選挙区で擁立を見送りどれだけ民主党に票が流れるか、逆に御身大切に流れる公明党・創価学会が自民党への選挙協力の余力をどれだけ残せるか、数々の変数が加わって総選挙結果を見通せないでいる。
 簡単な選挙戦ではないことを民主党で一番わかっているのは他ならぬ小沢一郎である。
 九月一一日夜、札幌の日本料理店。既に本番並みに本格化させた地方遊説の寸暇を惜しむように、小沢は、新党大地代表の鈴木宗男と酒席をもった。
 一時間の間に、日本酒をお銚子で四、五本ぐいぐいと遣りながら、だが小沢の表情は晴れなかった。
「オレが無投票で再選されりゃあ、福田が辞めて麻生が出てくるくらい、政治の素人でもわかる話だ。それが鳩山以下、民主党の連中はあたふたするんだ。これじゃあ先が思いやられる」
 愚痴は終わらない。「追い込まれた自民党は恐い。あの佐藤栄作も、黒い霧解散で惨敗必至と言われたが、逆に大勝した。だいいち、この四半世紀、野党は衆院選で一度も勝っていない」。
 安倍政権を追い詰めた昨夏の参院選大勝直後でさえ、総選挙の勝利はおぼつかないと、自分の党内掌握力がピークのうちに自民党との大連立だと走りかけた小沢である。後期高齢者医療問題はじめ福田政権のミスが重なったことで勝機が生じたと、無投票再選の道を選びはしたものの、「福田を大事にしたい。不人気の福田のまま任期満了選挙に追い込みたい」といった鳩山や岡田克也ら民主党幹部の甘い政局観を醒めた目で見ていた。
 ならば、総選挙で単独過半数制覇が無理だった場合、身上の合従連衡を仕掛けるしかない。小沢は酔いも感じさせず、最後、鈴木の目を見据えてこう言ったのである。
「大事にせにゃならんのは、綿貫さんと、そしてあんただな」
 小沢の戦略はこうだ。とにかく一議席でも自民党を上回る比較第一党がとれれば、民主中心の連立政権樹立へ流れはできる。執行部の抵抗で頓挫した大連立交渉の反省もあり、まずは連立工作に向け、執行部から自分への一任をとりつけることだ。
 問題は微妙な各党の議席差だ。綿貫民輔率いる国民新党と社民党辺りで数がそろえばまだいい。それで足りないなら、ひとつは共産党に手を伸ばすかどうか。財界や保守層の反発を呼ぶ共産党との閣内協力は無理でも、ワーキングプア対策など幾つかの政策で合意して、首班指名投票で「小沢」と書かせる手はないわけではない。
 だが、それでもダメな場合、特にぎりぎり自民党に比較第一党を奪われた時にどうするか。「政権交代できなければ、議員を辞める」と啖呵を切った手前、選挙で勝てなかったからと座して死を待つわけにはいかない。やはり自民党に手を突っ込むしかない。
 その第一候補はやはり、中川を軍師役に小池百合子を担ぐ「改革派」の面々だ。第二候補は、「財政再建」路線で民主党に同調者が少なくない与謝野馨と、その参謀役たる政調会長代理・園田博之らである。
 しかしだからこそ、鳩山や副代表・川端達夫、国対委員長代理・安住淳ら、衆参ねじれの下で力を蓄えてきた「実権派」は小沢への警戒心を募らせる。
「小池や中川が勝手に飛び出してくるなら、閣僚ひとつくらい与えてもいい。だが首相に担いで離党を誘うなんて古いやり方はダメだ。そんな姑息なことをしたら、次の参院選、衆院選でしっぺ返しを食らう」。つまり鳩山らは、連立協議を一任するにせよ、「小沢首相」を前提の条件に付けようと既に腹合わせを重ねてきているのだ。
 その一連のシミュレーションは、合わせ鏡のように、麻生も頭にたたきこんでいる。結局五人にとどまっているとはいえ、改革クラブ頭目の参院議員・渡辺秀央とひそかに気脈を通じてきた。自民党時代、お神酒どっくりと称された仲の平沼赳夫との連絡も欠かさない。麻生は麻生で、一議席でも民主に競り勝ち、あるいは最悪でも自公で民主を抜けば、逆転の目はあると読む。平沼と鈴木宗男をテコに「保守勢力」の抱き込みに成功すれば数は積み上がると計算している。
 だが、それは諸刃の剣だ。郵政民営化反対論者の多いそうした勢力に手を伸ばせば、それはまさに小池・中川らに離党・再編の大義を与えてしまう。数々のリスクを背負いつつ、森や町村と提携して作り上げた包囲網も水泡と帰してしまうかもしれないのだ。
■「本会議場決戦」へ
 小沢は、鈴木との会談直後の週明けから動いた。自身の「国替え」を匂わせ、選挙前の国民新党との合併へ駒を進めようとしたのだ。
 だが、「反自民」で腹を合わせてきたはずの代表・綿貫民輔、幹事長・亀井久興らが煮え切らない。党名変更で「国民・民主連合」とまで最大限の譲歩をしたにもかかわらず、両党が一旦解党する段取りで折り合わず、交渉は決裂した。
 返す刀のように、鈴木が国民新党と新党大地の統一会派結成をぶち上げたのはその直後である。自民と民主のどちらが選挙で上を行くか、それを見極めるまでは踊り場に集まっていることだと思っているに違いない。
「国替え」も選挙後政局に影響する。小沢が東京一二区に降り立てば、代表・太田昭宏の議席死守に血眼となる公明党・創価学会も、剥いた牙を簡単には収められまい。あるいは東京一区だと決めれば、自民党分裂の大事なカードに育つかもしれない与謝野を消し、みすみす自民党に突っ込む手をひとつ捨ててしまう。
 そして二五日には、再編の裏の最大のキーマンになるはずだった小泉純一郎が突然、政界引退を表明した。政治活動のすべてから身を引くわけではないと説明したが、「自分の役割は終わった」と言い、さらに「うちの派閥から出ていった人はみんな失敗した」とまで言い放った。中川、小池、いやそれより小沢にとって、これは誤算だったのではないか。
 だが、その引退を「前からそんな話だと思っていた」と軽くいなした麻生とて、失言大臣・中山の首切りはじめ、早くも綻びだした内閣の弥縫に手いっぱいの状況だ。鬼門の後期高齢者医療制度を巡っても、厚生労働相・舛添要一の抜本改革の申し出に「いいんじゃないか」と軽く乗ってしまい、舛添がそれをテレビカメラの前で喋った結果、組閣前に公明党の猛抗議を受け、前言を撤回するどたばたぶりまで演じたばかりだ。解散への運びで手こずると、補正予算を巡る衆参の予算委員会審議に引きずり込まれ、元委員長・矢野絢也の国会喚問・招致問題が火を吹けば、公明党・創価学会との関係も揺らぎかねない。
 未曾有の総選挙である。政局の回転は早く、一日で、一言で、形勢と攻守は切り替わる。僅差の結果になれば順列組み合わせのような複雑な連立工作が始まる。その結果、麻生なのか小沢か、いやあるいは他の誰かがどんな形の政権で首相につくのか、それを首班指名投票の一発勝負に賭ける「本会議場決戦」となる大動乱もあながち絵空事ではないかもしれないのである。(文中敬称略)

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